スタンリー・キューブリックといえば、『2001年宇宙の旅』『時計じかけのオレンジ』『シャイニング』『フルメタル・ジャケット』など、映像史に残る名作を次々と世に送り出した巨匠です。
完璧主義者として知られ、膨大なリサーチと独創的な演出で観客を圧倒してきました。
しかしそのキャリアの裏には、「実現しなかった企画」「別の監督に託された作品」が数多く存在します。
これら幻のプロジェクトを辿ることは、彼の創作欲求の幅広さを知る手がかりとなります。
スタンリー・キューブリックが撮るはずだった映画
『ナポレオン』映画史上最大の幻
キューブリックの未完企画の中で最も有名なのが、フランス皇帝ナポレオン・ボナパルトを描く超大作『ナポレオン』です。
1960年代後半、彼は膨大な資料を集め、ヨーロッパ中を取材して脚本を練り上げました。
出演者としてデヴィッド・ヘミングスやオードリー・ヘプバーンを構想していたとされ、ロケ地や戦闘シーンのエキストラ動員計画まで具体的に進めていました。
しかし当時『ワーテルロー (1970)』が公開されて興行的に失敗したため、出資者が離れ企画は頓挫。
もし完成していれば、映画史上最大規模の歴史映画になっていたと言われています。
のちにスティーヴン・スピルバーグがドラマシリーズ化を構想し、現在も実現の可能性が模索されています。
『アリアン・ペーパーズ』戦争と心の傷
1990年代半ば、キューブリックは第二次世界大戦中のホロコーストを題材にした『アリアン・ペーパーズ』を企画しました。
ポーランドにロケハンまで行い、主要キャストとしてヨハンナ・テール=ステージを決定。しかし、同時期にスティーヴン・スピルバーグの『シンドラーのリスト』が世界的な評価を得たことで、題材の重複を懸念して制作を中止したとされます。
この企画は、キューブリックの「戦争の非人間性」に対する執着を示すものでもあり、もし実現していたら『フルメタル・ジャケット』と並ぶ戦争映画の金字塔になっていたかもしれません。
『A.I.』スピルバーグに託された未来寓話
人工知能と人間の愛をテーマにした『A.I.』は、もともとキューブリックが1980年代から構想していた作品でした。
原作短編「スーパー・トイズ・ラスト・オール・サマー・ロング」に基づき、長年脚本を練っていましたが、当時のVFX技術ではビジョンを具現化できないと判断。彼はスティーヴン・スピルバーグに制作を託し、2001年に映画化が実現しました。
完成した映画には、キューブリック的な冷徹さとスピルバーグ的な温かさが混在し、両者の作家性が交錯する独特の作品となりました。
『AI戦争映画(未定)』冷戦期の構想
冷戦時代、キューブリックは核兵器やAIをテーマにした新作を構想していたといわれます。
『博士の異常な愛情』でブラックユーモアを極めた彼が、よりシリアスに「テクノロジーと戦争の未来」を描こうとしていたのです。
こちらは資料のみが残され、脚本段階まで進まなかったとされています。
もし完成していたら、現代の『ターミネーター』や『エクス・マキナ』的テーマを先取りする作品になっていたでしょう。
幻に終わった企画たち
- 『ブルー・ムーン』
人類の宇宙探査を再び描こうとしたSF映画構想。 - 『シャイニング』続編案
スティーヴン・キング原作の他作品と絡める構想が存在したとの説。 - 『ポルノグラフィック・アダプテーション』
文学作品を大胆に翻案する計画があったとされるが詳細不明。
これらは断片的にしか伝わっていないものの、キューブリックの創作意欲の幅広さを示しています。
そのため「興味を持ったがスケジュールが合わない」「他の監督の方が適任」と判断して譲るケースが多いのです。
キューブリックの企画が実現に至らなかった理由は大きく3つあります。
- 完璧主義
膨大なリサーチと準備を行うが、理想に届かないと判断すると容易に中止してしまう。 - 同時代の映画情勢
同テーマの映画が公開された場合、比較されることを嫌い、企画を取り下げる傾向があった。 - 技術的限界
当時の映像技術では実現できないビジョンを持っていたため、時代を先取りしすぎていた。
まとめ
「キューブリックが撮るはずだった作品」を振り返ると、それは単なる未完のリストではなく、彼がいかに時代を先取りしたビジョンを抱いていたかを示す証拠でもあります。もし『ナポレオン』や『アリアン・ペーパーズ』が実現していたら、映画史の地図は大きく変わっていたでしょう。
彼が残した幻の企画は今も映画人にインスピレーションを与え続けています。巨匠が到達できなかった頂きは、後世のクリエイターによって受け継がれるのかもしれません。そして私たちは、現存する名作と同じくらい「存在しなかった映画」にも想像力を掻き立てられるのです。
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